A Cat Daydream

猫との日々、書評、映画評、プログラミング、etc…

『日の名残り』感想

ノーベル賞受賞をきっかけにカズオ・イシグロを知って、『わたしを離さないで』を読んでいいなと思った。今回、映像化作品を初めて観てみた。

あらすじ

1958年。ダーリントン邸の老執事スティーブンスのもとに、以前共に屋敷で働いていた女性ミス・ケントンから一通の手紙が届く。懐かしさに駆られる彼の胸に20年前の思い出が蘇る。当時、主人に対して常に忠実なスティーブンスと勝気なケントンは仕事上の対立を繰り返していた。二人には互いへの思慕の情が少しずつ芽生えていたが、仕事を最優先するスティーブンスがそれに気づくはずもなかった。そんな中、ケントンに結婚話が持ち上がる。それを知ったスティーブンスは激しく動揺するが・・・。

(出典:Amazon Prime Video)

感想

ノーベル賞受賞をきっかけにカズオ・イシグロに興味を持って観てみた人は多いと思うが、この映画は印象と違ったという感想を持つ人が多いのではないか。原作は一度Audibleで読了というか聴いたのだが、執事のスティーブンスの一人称で「・・・ではありますまいか」みたいな古めかしい独特の語り口調で進行していくところが新鮮に感じる。ナレーターの田村誠一の声も意外とハマっていた。老執事役には若い声だが、女中役のミス・ケントンも演じなければいけないから妥当なところだろう。原作は笑えるシーンも多く、ミス・ケントンとのいざこざもオーディオだとリズム感があって軽妙な雰囲気を醸し出している。

これに対して映画は重苦しい。主演のスティーブンス役アンソニー・ホプキンスは品格のある有能な執事という割には落ち着きがない。ミス・ケントン役のエマ・トンプソンは明るく、茶目っ気を出してちょっかいを出すが、それを受けるスティーブンスの方は空気が読めない感じで余裕がない。アンソニー・ホプキンスはどうもレクター博士の印象が強すぎて、コメディには向いていないようだ。父親が重要な会議中に亡くなるシーンは無表情過ぎて少し怖い。バックグラウンドに不穏な音楽が絶えず流れているのも雰囲気を暗くしている。

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原作と異なっている点がいくつかある。ダーリントンホールの現在の主人は原作ではアメリカ人富豪のファラデー氏だが、映画では会議中に挑発的な意見を述べるアメリカ人議員ルイスがそのまま邸宅のオーナーとなっている。また原作だとスティーブンスが主人のファラデーを喜ばせるためにアメリカンジョークを必死に考えるシーンがあって笑えるのだが、映画ではばっさりカットされている。最後にこの作品で象徴的なセリフ『夕方が一日でいい時間』を語るのは原作では旅先で知り合った老人だが、映画ではミス・ケントンになっていた。多分に演出のための変更だろうが、微妙なニュアンスは変わってくる。

脇役で若い執事と駆け落ちする女中は見たことあると思ったら、『サラコナークロニクルズ』のサラ・コナー役のレナ・ヘディだった。若い頃はキーラ・ナイトレイに似ている。またアメリカ人議員は事故を起こす前のクリストファー・リーヴが出ている。

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サラ・コナーの人

結末も解釈が異なっているように感じた。原作ではスティーブンスが滅私奉公に明け暮れ仕事人間だったこれまでを振り返り、自分の人生を無駄だったのではないかという考えもよぎるが、そうではない、これから暮れていく夕方の人生を前向きに生きようと決意してダーリントンホールへ帰っていく。映画では邸に舞い込んだ鳥が飛び去って、ダーリントンホールを俯瞰していくところで終わる。最後まで執事の人生は籠の鳥のようなものだと暗喩しているようで、それだとテーマが変わるというか、カズオ・イシグロの言いたいことと違うような気がした。原作の持つ魅力のおかげで執事を主人公にした地味な物語にも関わらず、ストーリー展開こそ面白いが、洒落っ気が薄れ重苦しさばかりが目立ったのが残念だ。